犬の高齢化に伴って、身体のどこかにできもの(腫瘍)が見つかる子の割合は年々増えています。
今回はそんなワンちゃんに見つかる機会が多く、ご家族の皆さんにも注意してもらいたい腫瘍を5つご紹介したいと思います。
肥満細胞腫
犬の皮膚にできる悪性腫瘍のうち、最も多く見つかるのがこの肥満細胞腫です。皮膚だけでなく、肝臓や脾臓、リンパ節など犬の全身のあらゆる場所に発生し、より悪い(=高悪性度)のものは体の複数の場所にできてしまったり、転移してしまいます。
病気が進行する前に診断し、治療することがとても重要です。
太っているワンちゃんがなりやすいの?
肥満細胞という名前を聞くと、太っている子にできやすいとか、体についた脂肪の存在を思い浮かべるかも知れませんが…実際は肥満とは全く関係ありません。ヒスタミンやヘパリンといったさまざまな物質を溜め込んだ顆粒を持っているのが肥満細胞の特徴で、この細胞が増えて腫瘍化したものなのです。
診断は主に細胞診と呼ばれる方法で、針を使ってできものの組織を少し採取し、その中に腫瘍細胞がいるかどうかを顕微鏡で確認して行います。顕微鏡で細胞を観察すると、顆粒を豊富に持った細胞ばかりが確認できるのが肥満細胞腫の特徴です。
肥満細胞腫の治療は外科手術で摘出することが基本となります。ただ、犬の状態や場所によっては手術が難しいことがあり、その場合には抗がん剤(化学療法とも言います)や分子標的治療薬といった飲み薬、放射線治療などが選択されます。
肥満細胞腫の注意点 この腫瘍で気をつけてほしいことは、細胞の中に存在するヒスタミンなどの物質が、引っ掻いたり舐めてしまって腫瘍の周りに放出される(脱顆粒と呼びます)ことです1)。脱顆粒が起こると、周囲の皮膚が真っ赤に充血したり、浮腫んでしまったり、ヒスタミンが過剰に犬の体を巡って胃潰瘍(胃が荒れる)を生じるケースもあります。
皮膚にできものを見つけた場合には、肥満細胞腫の可能性がありますので、ご家族の皆さんも不用意に揉んだり刺激しないようにした方が良いでしょう。
リンパ腫
次にご紹介するのは、リンパ球が腫瘍化して発生するリンパ腫です。肥満細胞腫と同様に、肝臓や脾臓、腎臓、消化器などの全身のあらゆる場所に発生しますが、最も多く見つかるのは普段からリンパ球がたくさん存在しているリンパ節です。
リンパ節はワンちゃんの身体の表面にも複数あり(体表リンパ節と呼ばれます)、ここがボコボコと腫れてくることで飼い主さんが気づかれるケースが多いです。このような体表リンパ節の腫れを引き起こすリンパ腫を“多中心型リンパ腫”と呼びます。
診断は肥満細胞腫と同じように、主に細胞診で行います。ただ、腫瘍かどうかをより厳密に判断するために、麻酔で眠ってもらい、腫れているリンパ節を切除し、病理検査が必要となるケースも少なくありません。
治療の中心は抗がん剤の投与となることがほとんどです。さらに、より多くのがん細胞を効率よく減らすために、複数の抗がん剤を組み合わせて治療する“多剤併用療法”が選択される場合も多いです。
抗がん剤治療のときに気をつけてほしいこと
抗がん剤を投与しているワンちゃんのうんちやおしっこには微量の抗がん剤が含まれており、ご家族の方への抗がん剤の曝露(体に影響を及ぼすこと)が起こってしまう可能性があることから取り扱いには注意が必要です。
特に高齢の方、持病がある方、妊娠している方や赤ちゃんがいらっしゃるご家庭などは、抗がん剤を使った治療についてよく相談するようにしてください。
悪性黒色腫
皆さんも“メラノーマ”という言葉を聞いたことはありませんか?これは悪性黒色腫の別名であり、メラニン色素(褐色~黒色の色素)を作るメラノサイトという細胞が腫瘍化するため、見た目が黒色のしこりとなるケースが多いです。
このメラノーマも犬で比較的多く見つかる悪性腫瘍です。その中でも特に口の中にできることが最も多く、皮膚や爪の付け根などの指先、まぶたや眼の中に発生することもあります2)。
通常はリンパ腫や肥満細胞腫のように細胞診で診断を行います。
メラノーマの治療は見つかった場所によっても異なりますが、外科手術による切除か放射線治療が基本となります。特に口の中に発生したメラノーマは顎の骨ごと切除しなくてはならない場合があり、その手術の前後に放射線治療を組み合わせることもあります。いずれにしても大学病院などの2次診療施設での治療が必要となるケースが少なくない腫瘍と言えるでしょう。
メラノーマは必ずメラニン色素の色なの?
先ほどメラノーマはメラニン色素を作る細胞が腫瘍化したもの、とお話しました。
メラニン色素が含まれていることが多いのですが、たまにメラニン色素が乏しいメラノーマも存在します。
その場合、できものの見た目が黒くないこともあり、メラノーマとは分からずにできもの自体を切除し、それを病理検査して初めてメラノーマであったことが分かるようなケースもあります。このように腫瘍は見た目だけではなかなか判断できません。
乳腺腫瘍
特に女の子の犬で注意したいのが乳腺腫瘍です。犬の乳腺腫瘍における良性と悪性の割合はおよそ50%ずつと考えられていますが、悪性とされる乳腺腫瘍の約半数は転移を生じる可能性が高いため3)、早期発見と治療が大切となります。
治療は主に、手術にて腫瘍ができた乳腺を切除することです。腫瘍の大きさや数によっては隣り合った複数の乳腺を一緒に切除することもあります。
避妊手術で乳腺腫瘍を予防できる?
現在では女性ホルモンの存在が乳腺腫瘍の発生に関与していると分かっており、乳腺腫瘍が見つかる子の多くは避妊手術を受けていない女の子の犬です。
ちなみに、犬が初めて発情を経験する前に避妊手術を終えた場合、乳腺腫瘍の発生率は0.5%にまで下がり、初回発情後の手術では8%に低下すると報告されています4)。
おうちのワンちゃんの出産を考えていない場合は、若いうちの避妊手術について1度考えておくとよいでしょう!
血管肉腫
最後に血管肉腫という悪性腫瘍をご紹介します。血管を作る血管内皮細胞が腫瘍化したもので、脾臓にできることが最も多いですが、肝臓や腎臓、皮膚、心臓など全身の様々な場所に発生することがあります。
この腫瘍は発生する犬種に偏りがあり、ゴールデン・レトリーバーやラブラドール・レトリーバーなどの大型犬に発生しやすいとされます。大型犬の割合が少ない国内では、ミニチュア・ダックスフンドやミニチュア・シュナウザー、ウェルシュ・コーギーなどでも発生しやすく、小型犬だからといってこの腫瘍と無縁というわけではないようです。
外科的に切除できるケースであれば、手術が治療の第一選択となります。一方、心臓など切除が難しい場所にできた場合や、手術で取り除いた後に、抗がん剤治療を行うこともあり、抗がん剤治療によって生存期間が延長すると言われています5)。
さいごに
ワンちゃんのがんはその種類によって発生しやすい犬種や年齢、性別が大きく異なり、また治療法や余命がどのくらいなのかもさまざまです。
特に悪性腫瘍の治療には早期発見が大切ですので、愛犬が中〜高齢になってからは定期的に健康診断を受け、またしこりを見つけた場合には早めに相談しにきていただくことをお勧めします。
参考文献
1) Withrow S.J., Vail D.M., Page R.L. Withrow and MacEwen’s Small Animal Clinical Oncology 5th ed. Elsevier Sauders. St. Louis, Missouri;pp. 336-7. 2013.
2) D.G Esplin., 2008. Vet Pathol 45(6): 889-96
3)L Pena. Et al., 2012. Vet Pathol 50(1): 94-105
4)SCHNEIDER, R. et al., 1969. Journal of the NationalCancer Institute 43: 1249-1261
5)Shinya Yamamoto et al., 2013. J Vet Med Sci 75(11): 1433-41