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小型犬に多い心臓病、僧帽弁閉鎖不全症とは?(治療編)
前編ではワンちゃんに最も多く見られる心臓病である”僧帽弁閉鎖不全症”について、その特徴や引き起こされる症状、主な診断方法などをご紹介しました。今回はその続きとして、僧帽弁閉鎖不全症に対する治療法やご家族がご自宅でできること・気をつけて欲しいことについてお伝えしていきたいと思います。

診断されたらすぐに治療しなくてはダメ?

前編でご紹介した、アメリカ獣医内科学会(ACVIM)が定めたステージ分類表1)におけるステージAおよびB1のワンちゃんに対する治療は、通常必要ないとされています
ACVIMガイドラインによるステージ分類と治療の必要なステージについて
ステージ:治療の必要性の有無病態の説明
A:治療の必要性なし現時点では検査しても僧帽弁閉鎖不全が認められないが、もともと発症リスクの高い犬種
B1:治療の必要性なし検査で僧帽弁閉鎖不全が認められるが、心拡大(心臓が大きい)の基準を満たしていない犬
B2:治療の必要性あり検査で僧帽弁閉鎖不全を認め、心拡大(心臓が大きい)の基準を満たしている犬
C:治療の必要性あり現在または過去にうっ血性心不全(主に肺水腫)と診断された犬
D:治療の必要性ありステージCの症例で、薬の治療で管理困難な進行した状態の犬
すなわち、心エコー検査の結果から僧帽弁逆流が認められない子はもちろん、認められていても基準を下回る心臓の大きさであれば、積極的に治療をおこなうことは少ないでしょう(その子によって必要であると判断した場合にはB1のステージであっても治療することもあります)。

一方で、定められた基準よりも心臓が大きくなっているステージB2以降の症例では、これからご紹介する治療が必要となります。

どんな治療があるの?

ここからは治療法をいくつか紹介します。まずはおもに使う内服薬からお話します。

ピモベンダン
現在、ワンちゃんの僧帽弁閉鎖不全症に対して最も使われる機会が多いお薬です。この薬には、心臓の筋肉が縮む力を強くする効果と、全身の血管を広げる効果があります。これらの効果が組み合わせることで、僧帽弁逆流(詳しくは前編をご覧ください)を減らし全身に送り出す血液の量を増やして、肺水腫などの心不全を治療するだけでなく、予防する効果もあります

この薬が使用される機会が多くなったきっかけは、”EPIC study”と呼ばれる全世界で行なわれた臨床研究2)が2016年に発表されたことでした。

この研究では、心拡大は認められるもののうっ血性心不全症状のない僧帽弁閉鎖不全症(ステージB2)と診断された360頭のワンちゃんに対し、ピモベンダンを投与した群と投与しなかった群に分けて、その後を追跡調査しました。
すると、ピモベンダンを飲んでいたワンちゃんは飲んでいなかった子と比べて約15ヶ月間、長くうっ血性心不全による症状が見られなかったという結果が得られたのです。

もちろん、このお薬を早期に飲んでいれば全てのワンちゃんが心不全となるまでの期間を必ず延ばせるという単純なものではありません。しかし、ピモベンダンの効果を改めて示したこの研究の功績もあり、現在ではステージB2以降のワンちゃんには原則、1番最初に選ばれるお薬と考えられています。

利尿薬
おしっこの量を増やして体の中から余分な水分を出し、心臓にかかる負担を減らす薬です。心臓が大きいことで咳が出ていたり、肺水腫によって呼吸が苦しい場合に症状を軽減してくれます。主に、ステージC以降のうっ血が認められる症例で使用しますが、その子によってはステージB2のワンちゃんに使用されることもあります。

利尿作用をもつため、使用する際には脱水に注意する必要と、おしっこを作る腎臓に負担がかかる恐れがあり、定期的な血液検査による腎機能のチェックが重要です。

ACE阻害薬
降圧剤であり、血圧を下げることで心臓の負担を減らす薬です。血管を拡げることで心臓の負担が減らせるため、症状が認められる前から認められた後まで幅広く使用されることがあります。


ここまでが内服薬のお話です。これらの薬を使うことが多いですが、その子の状態に合わせて別の薬も組み合わせて使うこともあります。次に、内服薬以外の治療方法を挙げます。

食事療法
いわゆる塩分の制限をすることで、体内に過剰な水分が溜まらないようにします。各種メーカーから販売されており、ワンちゃんの好みに合わせて療法食を選べるでしょう。

主にステージC以降に使用されますが、B2以降の心拡大が認められる子に使うこともあります。
手術
全身麻酔下(人工心肺装置という特殊な装置を用いて)で心臓を停止した後心臓を切開し、僧帽弁を修復します。高い技術と専門の設備が必要となり、病気の進行度合いによって手術や麻酔のリスクが変わります。

手術の成功により薬の種類が減ったり、無くなることもあり、内科治療でのコントロールが難しいワンちゃんなどを中心に近年では需要が高まっています。国内ではこの手術を実施可能な動物病院も増えてきています。

ご自宅でできること

ステージB2以降と診断された僧帽弁閉鎖不全症のワンちゃんには、主に上記のような治療を選択することができます。動物病院で薬を処方された方は、しっかりと用量用法を守って与えることが大切です。さらに、定期的に検診を受け、心臓病の進行がないか?お薬は合っているのか?などを獣医師と一緒に確認できると良いでしょう。

また、お家では呼吸数の変化に注目してください。ワンちゃんが寝ていたり、落ち着いている時の呼吸数(胸やお腹の動き)をカウントし、1分間に40回以上の呼吸が続く場合には、肺水腫などで呼吸が苦しくなっている可能性もあります3)。心臓病のワンちゃんでは、前回ご紹介した肺水腫の早期発見につながりますので、日常的にチェックしてみてください。
また、運動制限についてはその子の性格にもよりますが、お散歩などの適度の運動は可能な限り続けると良いでしょう。ドッグランや過度に興奮するような激しい運動は控えるべきですが、筋肉や関節を長く健康に保つ上では運動の継続は重要です。

ご自宅で注意する点

反対にご自宅で注意すべき点も挙げたいと思います。

最も注意すべきは、心臓病の悪化を疑うような症状や様子の変化です。先ほど挙げた呼吸数の増加や、咳が増えていたり食欲や活動性が減っている場合には注意しましょう。少し動いただけでハァハァしてしまうような、疲れやすさを伺う場合も心臓病の悪化が隠れているかも知れません。

合わせて、ワンちゃんにシャンプーやカットをする際も注意しなければなりません。特に全身を一度に洗うようなシャンプーの方法は、ワンちゃんによっては大きな負担となる恐れがあります。ご自宅でされている方はシャンプー前後の様子をよく観察し、トリミングサロンでお願いしている方は心臓病の治療を現在受けている旨をお伝えしておくことが重要です。

さいごに

僧帽弁閉鎖不全症の治療は、お薬による内科治療が基本となりますが、ご自宅での様子をよく観察することも大切です。特に安静時の呼吸数は、心臓病の悪化を発見することにつながりますので、ぜひ試してみて下さい。

小型犬が人気の日本では身近な僧帽弁閉鎖不全症、気になる場合はお気軽にお声がけください。
参考文献
1)Bruce W Keene et al., 2019. J Vet Intern Med 33(3): 1127-40
2)A Boswood et al., 2016. J Vet Intern Med 30(6): 1765-1779
3)Dan G Ohad et al., 2013. J Am Vet Med Assoc 243(6)839-43