フィラリア症は別名「犬糸状虫症」と呼ばれ、一般的には犬が気を付けなければならない病気として知られています。じつはこのフィラリア症、猫にもかかる病気であることは知っていますか?
今回は、猫のフィラリア症についてお話しします。
フィラリア症とは?
フィラリア症とは犬や猫、フェレットなどの多くの哺乳動物に、犬糸状虫(フィラリア)と呼ばれる寄生虫が心臓やその近くの血管に寄生することで、動物に色々な症状を引き起こす病気であり、このフィラリアは蚊によって運ばれてきます。フィラリアの成虫には雄と雌がいて、最長30cmにもなる大きな寄生虫です。1)
人のフィラリア症とは別物
人でもリンパ系フィラリア症という病気がありますが、寄生虫の種類が異なります。ここでは犬糸状虫という寄生虫が寄生するフィラリア症についてまとめています。
フィラリアが犬に寄生するまで
まずはフィラリアが犬に寄生するまでについて説明します。
蚊の体内にいるフィラリアの幼虫(L3)は、蚊が動物の血を吸うときに、吸血部位から動物の体の中へと侵入します。フィラリアが犬に感染した場合、犬の心臓に近い血管(具体的には肺動脈)で成熟して成虫となります。成虫になったフィラリアは交配を行い、感染から6ヶ月程度で幼虫であるミクロフィラリアをどんどん増殖させていきます。この状態になってしまった犬が蚊に吸血されると、蚊にミクロフィラリアが入り込み、蚊の体内でL1→L2→L3と成長します。やがてその蚊が別の犬を吸血することで、その犬の体内にL3が侵入する…このようにフィラリアの感染が広がっていきます。
寄生する数が多い場合、200匹以上ものフィラリアが感染犬の体内にいると言われています。1)フィラリアに寄生された犬は血管や心臓、肺などがダメージを受けて、咳が出る、呼吸が荒い、動きたがらない、体重が減少するなどの症状が現れます。
犬と猫とでこんなに違う、フィラリア症
フィラリアは主にイヌ科動物に寄生して生活するため、猫への感染は起こりにくいです。ただ、全く感染しないというのではありません。感染しても猫の体内でフィラリア成虫にまで成長するのはわずかで、成長したとしても数匹程度、と言われています。猫がフィラリアに感染した場合、犬とは少し違う病態をたどります。
まず、フィラリアが猫の体内に入ったとしても、大半は猫の免疫反応により成長途中で死亡します。その死んだ虫体が肺で急性の炎症を引き起こし、咳や呼吸困難が見られます。このフィラリアが原因で起こる咳や呼吸困難を「犬糸状虫随伴呼吸器疾患」と呼びますが、その症状は他の呼吸器疾患の症状とよく似ています。
まれに猫の体内で成虫にまで成長すると、肺動脈に寄生して数年(3年以上との報告もあります2))生きます。その後成虫が死滅すると、肺で重度の炎症が起きたり、死滅した虫体が詰まることで突然死を招くことがあります。
フィラリアに感染しているかどうやって検査するの?
猫のフィラリア症の診断はとても難しいとされており、その理由は大きく2つあります。
1つ目は、フィラリア症の重症例では急性肺障害による呼吸困難や突然死が見られることもありますが、多くの場合は、喘息(ぜんそく)の症状にとてもよく似た、咳や呼吸が早いなどの症状が見られます。このようにフィラリア特有の症状がないこともあり、それが診断を難しくしている理由のひとつです。
2つ目は、もしフィラリア症の可能性を考えた場合でも、この検査をすれば感染しているのかどうかが分かる、というような決定的な検査方法が存在しません。犬の場合は検査キット(抗原検査)と顕微鏡でミクロフィラリアを検出することで確実に診断することができます。一方、猫の場合はそもそも寄生する数が少ないため、雄だけ、もしくは雌だけの寄生の場合、ミクロフィラリアを産むことがないため、顕微鏡でミクロフィラリアを見つけることはできません。
抗原検査もまた、少数寄生の場合は陰性となることがあります(偽陰性)。フィラリアに対して猫が免疫反応を起こしているか(つまりフィラリアに対しての抗体を産生しているか)を調べる抗体検査もありますが、こちらも精度が高くなく、感染していても偽陰性となることがあります。このように、決定的な検査方法がないために、これら抗原検査や抗体検査、レントゲン検査や超音波検査などの検査を繰り返し行い、組み合わせることで診断に導く必要があります。
このように、猫のフィラリア症を診断するのは複雑であることが多いのです。
フィラリアに感染している場合の治療は?
フィラリアに感染している場合、今出ている症状に対しての対症療法をしつつ、フィラリアの寿命が尽きるのを待つことになります。また、これ以上寄生数を増やさないように新たに入ってくる子虫を、成虫になる前に予防薬によって駆虫します。
ただ、一度フィラリアが寄生したことで肺の構造が変化してしまい、それによって呼吸器症状が出ている場合は、体内のフィラリアがいなくなったとしてもその症状が続く可能性があり、生涯にわたってその治療が必要となります。
また、寄生しているフィラリアを外科手術で取り除く方法もありますが、猫の体格や心臓の小ささを考えるとかなりのリスクがあるとされています。
フィラリアに感染しないために
上にあげたように、フィラリアに感染してから治療することは、猫にとって負担がかかってしまい、リスクもあります。また、そもそも猫のフィラリア症は診断するのがとても難しく、原因不明の突然死とされていることも多いです。
これらのことを考えると、そもそもフィラリアに感染しないようにしっかり予防することがとても重要ですね。
フィラリアの予防薬は、治療方法のところでもお話したように、体内に侵入してきたフィラリアの子虫を、成虫へと成長する前に駆虫する“駆虫薬”です。ですので、予防薬はフィラリアが体内に侵入するのを防ぐ、というものではなく、すでに体内にいる子虫を駆虫する働きをします。その後、また一ヶ月間で体内に侵入してきた子虫を駆虫する、というように月1回の予防が必要となるわけです。当院ではノミの予防と同時にできるスポットをおすすめしております。
さいごに
今まであまり猫のフィラリアに馴染みがなかった人もいるかもしれません。
驚きかもしれませんが、感染していた猫の3分の1近くが完全に室内で飼われていたとの報告もあるので、3)室内で飼っているからといって必ずしも安全というわけではありません。大切なネコちゃんを守るために是非しっかりと予防してあげたいですね。
参考文献
1) Textbook of Veterinary Internal Medicine 第7版 Client Information Sheets Heartworm Disease
2) L Venco. Et al., 2008. Vet Parasitol 158(3): 232-7
3)Textbook of Veterinary Internal Medicine 第7版 p1378