犬にもっとも多く見られる心臓病が、”僧帽弁閉鎖不全症”です。今までにワンちゃんと暮らした経験のあるご家族の中には、この病名を耳にしたことがあるという方も多いのではないでしょうか?
僧帽弁閉鎖不全症は、おもに中〜高齢の小型犬に多くみられます。欧米ではワンちゃんの成長や加齢とともに起こる心臓病(後天性心疾患)のうち、約75%がこの僧帽弁閉鎖不全症であると報告されていますが1)、欧米と比べて日本では小型犬の割合が高いため、実際は日本でもっと多く見つかっているかも知れません。
今回はそんな僧帽弁閉鎖不全症について、前編と後編に分けてご紹介したいと思います。
そもそも僧帽弁閉鎖不全症って?
通常、心臓が収縮して血液を全身に送り出すとき、左心房と左心室の間に存在する僧帽弁と呼ばれる弁が閉じることで、血液の進路とは逆方向に流れていかないようにしています。しかし、主に加齢によって僧帽弁やその周りの組織の形が変わってきて2)、弁が完全には閉まらなくなり、大動脈を通って全身に送られるべき血液が左心室から左心房へ戻ってしまうことを”僧帽弁逆流”と呼びます。
そのため、この僧帽弁逆流を引き起こす”弁膜症”と聞くと、馴染みのあるご家族の方も多いかも知れませんね。
また、合わせて覚えておきたいのが”肺水腫”という病態で、この僧帽弁閉鎖不全症で亡くなる原因の大部分が、この肺水腫によるものです。
僧帽弁逆流が増加するにつれて、左心房と左心室は大きくなっていきます。すると血液が心臓内に普段より多く溜まっている状態となり(うっ血と呼びます)、その負担は徐々に肺へと広がっていきます。
さらに進行して心臓の機能が低下するとうっ血性心不全と呼ばれる状態になり、負担が大きくなった肺の血管から水分が漏れ、肺が水浸しになってしまうのです。言い換えると、肺が溺れてしまっている状態であり、これでは呼吸をしようとしてもうまく酸素を取り込むことができません。
この状態を肺水腫(心臓病が原因の場合、”心原性肺水腫”と呼ばれます)といい、多くの場合、動物病院にて適切な治療を受けないと短時間で命を失ってしまう、とても危険な状態と言えます。
どんな症状が見られるの?
初期では、ほとんどの場合無症状であるためか、発見が遅くなりがちです。しかし、ある程度病気が進行して血液が逆流する量が増えるにつれて、心臓が大きくなると様々な症状が見られはじめます。その中でも多く見られる症状は”咳”です。
心臓が大きくなるとすぐ近くにある気管を、少しずつ圧迫します。気管が圧迫されることで咳が出ると考えられますが、小型犬の場合は気管虚脱(空気の通り道である気管が途中で潰れてしまう)など、ほかの呼吸器疾患を併発していることも多いため、咳が起きている原因がどの病気なのかを判断するには注意が必要となります。
そのほかには、以前よりも疲れやすくなった、散歩に行きたがらなくなったなどの“運動不耐”が見られることがあります。弁膜症によって全身へ送られる血液量が減っているためと考えられますが、加齢による全身の筋力低下や関節疾患などでも同様の症状が認められるため、心臓によるものかしっかりと調べていくのが重要です。
そして、最も注意すべきなのは、先ほど述べた肺水腫を疑う症状です。常に苦しそうにしていて、普段と比べると休んでいる時や眠っている時でも呼吸数が増えていることに着目してください。また、同時に咳を何度も繰り返していたり、ピンク色〜赤色の液体や泡のような痰を吐いている(実際には気管から吐き出しており、食道や胃から戻す嘔吐とは異なります)こともあります。
僧帽弁閉鎖不全症と診断されているワンちゃんにこれらの症状が見られた場合には、真っ先に肺水腫を疑い、すぐに病院を受診してください。
どうやって診断するの?
診断の第一歩は、“聴診”です。特に僧帽弁閉鎖不全症では明らかな”心雑音”が聞こえることがほとんどですので、動物病院を受診した際にはしっかりと心臓の音を聞いてもらうことで早期発見につながります。しかし、心雑音があったとしても、心臓にまだ負担がかかっていない状態(初期の段階)や他の心臓病が見つかる場合もあります。
そこで重要になるのが”心臓超音波検査(心エコー検査とも言います)”です。
心エコー検査を受けることで、僧帽弁逆流の存在や程度を確認できます。どのくらい心臓が大きいのか?僧帽弁以外に異常はないか?適切な治療はなにか?などの判断を行う上で心エコー検査から得られる情報はとても大切です。
また、合わせて行うべき検査としては胸部レントゲン撮影があります。心臓の大きさや形を評価する上では心エコー検査とともにとても重要ですが、特に咳をしているワンちゃんに肺や気管・気管支などの呼吸器の異常が見られないかどうかをレントゲン撮影によって調べる必要があります。
そのほか必要に応じて、血液検査や血圧測定、心電図検査等を受け重症度を評価していきます。現在ではこれらの検査結果を踏まえ、アメリカ獣医内科学会(ACVIM)によって定められた、僧帽弁閉鎖不全症に関する診療指針3)におけるステージ分類を行うこともあります。
ACVIMガイドラインによるステージ分類 ステージ | 病態の説明 |
A
| 現時点では検査しても僧帽弁閉鎖不全が認められないが、もともと発症リスクの高い犬種 |
B1 | 検査で僧帽弁閉鎖不全が認められるが、心拡大(心臓が大きい)の基準を満たしていない犬 |
B2 | 検査で僧帽弁閉鎖不全を認め、心拡大(心臓が大きい)の基準を満たしている犬 |
C | 現在または過去にうっ血性心不全(主に肺水腫)と診断された犬 |
D | ステージCの症例で、薬の治療で管理困難な進行した状態の犬 |
まとめ
僧帽弁閉鎖不全症は、小型犬に見つかることがとても多い心臓病です。早期発見と適切な治療により寿命を全うできるワンちゃんも多いですが、肺水腫などの症状が見られてから診断される機会も少なくないため、シニアになる頃には定期的に心臓の健診を受けておくことをオススメします。
後編では僧帽弁閉鎖不全症に対する現在の治療や、ご自宅でできること・気をつけてもらいたいことなどをご紹介します。
参考文献
1)Borgarelli M., Haggstrom J., 2010. Vet Clin North Am Small Anim Pract 40(4): 651-63
2)Richard I Han et al., 2008. American journal of veterinary research 69(6): 763-9
3)Bruce W Keene et al., 2019. J Vet Intern Med 33(3): 1127-40