先日一本のお電話が入りました。
「何回もおしっこに行っていて、調子が悪いので診てもらえないでしょうか?」
その日は予約がいっぱいだったので、電話を受けた看護師さんが、私にどこかで診察可能か聞きに来てくれました。
「避妊手術しているか聞いてください。未避妊なら子宮蓄膿症の可能性があるから、早めにきてもらってください。」
私たち獣医師は、未避妊の中高齢犬の女の子が体調不良で来院した場合、必ずこの子宮蓄膿症の可能性はないだろうか…と頭の片隅に置きながら診察をします。それほど私たちにとっては身近な病気であり、早く治療してあげたい病気のひとつです。
今回も電話の段階で、中高齢の未避妊のわんちゃんだったので、子宮蓄膿症の可能性も考え早めにご来院いただくことになりました。
子宮蓄膿症とは?
子宮蓄膿症はその名の通り、子宮の中に膿が溜まる病気で、大腸菌や膣の常在菌が子宮内に感染することで起こります。英語で「pyometra(パイオメトラ)」と表記するので、「パイオ」という呼び名を耳にすることもあるかも知れません。
猫でもたまーに遭遇しますが、ほとんどの場合は中高齢の犬でみられます。(私の場合、ねこちゃんはこれまでに4頭 わんちゃんは数十頭と大きく差があります。若齢のわんちゃんで見たこともあります。)子宮に細菌が侵入しても、通常であれば自分の免疫で防御することができるのですが、ある特定の周期ではホルモンの影響により免疫バリアが低下し、感染が起こりやすいとされています。特定の時期とは、犬の生理(発情:ヒート)に関係しています。
子宮蓄膿症と発情周期の関係
犬の生理を考えてみましょう。
未避妊の犬の場合、だいたい年に1~2回生理がやってきます。犬の発情周期は発情前期、発情期、発情休止期、無発情期の4つに分かれます。
発情出血(この時期に外陰部が腫れてきます)がみられ→発情前期→発情期が起こります。
発情期に私たちがぱっと見で分かる変化として、外陰部が柔らかくなり、触れると尾を持ち上げたり横にずらす“フラッギング”と呼ばれる行動が見られることがあります。
発情期の平均期間は9日(個体差があるため範囲は4~24日程度)1)2)であり、この発情期が終わってから8週間以内が最も子宮蓄膿症になりやすい時期と言われています3)。
つまり、陰部からの出血がみられた後しばらくの期間が子宮蓄膿症になりやすい、と知っておくと良いかもしれません。この期間は特に様子の変化に気をつけていただきたいです。
ヒトと犬の生理って違う!?
そもそも犬とヒトでは、出血する時期が違うのを知っていますか?
ヒトの生理は排卵が終わり、受精・妊娠が成立しなかった場合に子宮内膜が剥がれ落ちて出血が起こりますね。
これに対して犬の発情出血は、発情前期から始まり、発情期になると徐々におさまります。発情前期は妊娠準備のための期間であり、その後発情期に入ってから排卵が起こり、妊娠可能期間となります。(陰部からの出血がみられた後に妊娠できる期間がやってきます)
排卵後4週間~4ヶ月間は妊娠を維持するためのホルモン(プロジェステロン)が多く分泌されますが、このホルモンの影響で免疫バリアが低下します4)。この免疫バリアが低下している期間が、子宮蓄膿症になりやすい時期ということです。
来院されたわんちゃんを診察すると…
まず体重を測り、検温している時に外陰部を視診します。今回は外陰部から膿が少し漏れ出ているように見えました。またお話をうかがっていると、おしっこの異常だけではなく、元気食欲がなく、5月~6月頃に発情が来ていた(ちょうど発情後1~2カ月)ということで、ますます疑いが強くなりました。
すぐに血液検査とエコー検査を提案し、実施しました。
エコーで子宮に液体が貯留しているのが確認されました。
子宮蓄膿症の症状
子宮蓄膿症の一番分かりやすい症状は、外陰部から膿の排泄がみられることです。ただし、自分で舐めてしまって分からない場合や、子宮の中に膿が溜まっていても子宮の入口が閉じていて外には出てきていない場合もあります。
他の症状は、食欲や元気の低下、多飲多尿、発熱、血尿(実際は血尿ではなく子宮から血や膿が出て尿と混じっている)、腹部の膨満などがありますが、これは他の病気でも認められる非特異的な症状であるため、症状だけで子宮蓄膿症を断定するのは少し困難です。
徐々に調子が悪くなってくる子もいれば、急にぐったりして状態が急激に悪化する場合もあります。子宮の入口が閉じている場合、子宮の中が膿でパンパンになって子宮破裂が起こったり、お腹の中に漏れてしまった膿が原因で腹膜炎が起こるリスクがあり、これらは早急に対処しなければ命に関わる危険性があります。
診断
血液検査では白血球の増加や貧血など、炎症を示す所見、炎症マーカー(CRP; C-reactive protein(C-反応性タンパク))の上昇、腎数値の悪化などがみられることが多いです。レントゲン写真では正常時には写らないはずの子宮が見え、超音波検査では子宮の中に液体が貯留しているのが確認できます。
その子の性別、避妊の有無、発情周期などの情報や症状、これらの検査から子宮蓄膿症を診断します。
治療
根本的な治療は外科手術であり、卵巣と子宮の両方を取り除く「卵巣子宮全摘出術」と呼ばれる手術を行います。
基本的には溜まっている膿を摘出しないと、治癒しませんので緊急で手術を行います。
ただし状態が悪く手術に耐えられなさそうな場合には、手術前に点滴や抗生剤などの内科療法によって状態を回復させてから手術を行うなど、状態によっては手術がすぐ行えないほど状態が悪い子もいます。
手術の方法はいわゆる避妊手術と同様に子宮と卵巣を取り除くことですが、健康な状態での避妊手術とは状況が異なり子宮の中に膿が溜まっている状態です。子宮破裂や腹膜炎が起きている場合もあり、身体への負担やリスクは通常の避妊手術より格段に高くなります。
また手術後には病理検査も実施します。
子宮蓄膿症と腫瘍が併発している場合などもありますが、このパターンであれば手術が無事終われば安心です。
子宮蓄膿症を予防できる?
確実な予防方法は
卵巣と子宮を取り除く避妊手術をおこなうことですので、もし出産を考えていない場合には避妊手術を受けることを検討してみてくださいね。これは
以前のブログ でもお伝えした避妊手術のメリットになります。
さいごに
この病気になると、ほとんどの飼い主さんから「もう少し前から調子悪かったのでしょうか?」と聞かれます。
でも決して飼い主さんが異常を見落としていた訳ではなく、本当に急に調子が悪くなります。
急に調子が悪くなり、急に「命の危険があります」と言われ、急に「リスクはありますが、手術をしましょう」と言われてしまう疾患なのです。
適切に判断し、適切に治療できれば、多くの命が救えます。ただ、少しの差で命を落とす子もいます。もし避妊していない子が上に挙げたような症状が見られる場合、様子は見ずになるべく早く受診することをおすすめします。普段からワンちゃんの発情の周期を知っておくのも大切ですね。
参考文献
1)Christie D.,Bell ET., 1971. J Small Anim Pract 12:159-167
2)Bell ET, Christie DW. Duration of proestrus, oestrus and vulval bleeding in the beagle bitch. Br Vet J. 1971;127:xxv–xxvii
3)A P Davidson. Et al., 1992. J Am Vet Med Assoc 15;200(6)825-8
4) Frances O Smith., 2006. Theriogenology ;66(3):610-2